【ヒゲカジトーク】3.11「復興応援試合」

クラブとして背負っているものがある。

2017年3月15日

梶野 智 関西レジェンドクラブ代表

 

3月11日、ユアテックスタジアム仙台に行ってきました。

この日開催されたベガルタ仙台・ヴィッセル神戸戦は「復興応援試合」。Jリーグから村井満チェアマンらも観戦に来られていて、試合前には黙祷や復興ライブなどもありました。ただ、観客はそう多くはなかった※。私も厳粛な気持ちで臨みましたが、スタジアムには予想していたほど「特別な試合」という雰囲気はなかったように思いました。

※入場者数14,369人は、J1リーグ第3節9試合中6番目の動員。

 

2011年、私はセレッソ大阪でチーム統括部長をしていました。3月11日、地震が起こった時はちょうど車で南津守の練習場に移動中で、クラブハウスに到着すると選手・スタッフがわっと出てきて「東北のほうですごい地震があったというニュースです」と知らされました。Jリーグから「次節以降の試合は延期する」という電話が入ったのは、午後3時の練習が始まってから。すぐにレヴィー・クルピ監督(当時)を呼んで、次節以降の試合は延期になったと話したのを覚えています。

あのシーズン、震災との関連で思い出すのは、Jリーグ再開直後の川崎フロンターレとベガルタ仙台の試合です。震災の影響で練習もままならなかった仙台の選手たちが、川崎に逆転で勝利。雨の中の、劇的な試合でした。太田吉彰の同点ゴールは凄かった。シュートが川崎の選手に当たりコースが変わって入ったんです。メンタルというか、人間の底力を感じました。

リーグ再開に先立ち、長居で行われた復興支援チャリティーマッチのカズのゴールも印象に残っています。カズは今年も3.11翌日の試合でゴールを決めた。試合後、復興に向けて「いいニュースを届けたかった」とコメントしていました。凄いとしか言いようがない。これは私の勝手な考えだけど、三浦知良という人は背負っていくべき確かなものが自分自身にある人だ。だから、ああいう大切な場面で大事なゴールを決められるんだと思います。

 

2017年3月11日。「復興応援試合」の後で仙台のフロントと話した折に、観客がそう多くなかったことについて尋ねてみました。そうしたら、仙台の人にとって3.11はサッカーよりも優先することがあるという話だった。私たちサッカー関係者が意識しているほど、仙台の人々にとっては「復興応援試合」ではなかったんです。サッカーは人々の日常の中に入り込んではいないんだと、改めて実感しました。

震災から6年。当時在籍していた選手のうち、今もチームに残っているのは、梁勇基、菅井直樹、富田慎吾の3選手しかいません。いつまでも震災を引きずり復興を背負ってプレーする義務はないかもしれない。それでもクラブは「復興応援試合」としてこの日に臨みました。あのシーズン、ベガルタ仙台は大震災という悲劇を乗り越えて素晴らしい試合をした。その経験を、クラブは今も背負って戦っている。それは、試合の勝敗よりも大切なことだと私は思います。

 

Jリーグは、まだまだ小さい。もっとサッカーが人々の暮らしの中に入り込むにはどうすればいいか。サッカーに携わる者として、私も具体的に考えていきたい。